お絵描きセットを使い切る220

不明(不明)
f:id:Uuu:20200319232754j:plain:w500
歴史小説には、露骨な政治批判が出て来て興ざめする事がある。取り扱っている戦国武将などと比較して、彼等のような英雄は現代にはいないと嘆く事から始まって、現代の政治家に対する批判が続く。いつの世もしたり顔で世を嘆く者達がいる。現代を嘆く作家達が戦国時代に生きていたとして、果たして織田や徳川を英雄だと讃えただろうか。怪しいものだ。やはりしたり顔で「尾張のうつけが」「三河の古狸が」などと言っていたのではないか。現代に英雄がいないのではなく、後世の者達が本物だとか英雄だとか、無責任に評価しているだけではないのか。そして歴史小説とは言わずもがな、結果論である。だから結果的に勝ち残った織田豊臣徳川などには先見の明があり、敗者達は新時代の価値観に対応できなかった者といった描き方をする。歴史小説とはそういうものではあるのだが、なんだかなという気持ちも拭えない。歴史小説など大して読んでいないから、徳川家康のイメージが悪かった頃に書かれたものなどはよく知らない。山岡荘八が究極的に美化した小説しか知らない。美化しているかどうかも本当はよく知らないが、とにかくもう何かにつけて「歴史学者は○○と言っているがー」と「本当の家康はこうだ」論が度々出て来たようなイメージがある。作品に自分を登場させる漫画家と同じノリだと思う。