ライブ映像で客席を映す演出(お絵描きセットを使い切る103)

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この醜くも美しい世界(不明)
コンサートや歌手、芸人などのライブ映像では、頻繁に客席を映す。意味がわからないし、極めて不快だ。ショーを目的に見ているのに、何故ショーを見ている一般人の姿を見せられなければならないのか。あれは作り手側の自己満足、エゴではないのか。「こんなにも楽しんでもらってますよ」と言いたいがための。
ゲームセンターCXの幕張メッセでのライブ映像を見た。予想していた通り、やたらと知らない人達の姿を映している。プロのタレントの人をはじめとする、プロの興行を見たいにもかかわらずだ。短時間に何回映しているんだ、イライラする。だから武道館の映像にしても、一度も見返した事はない。客の姿が不快だからだ。こいつらは一体誰?横寺さん?田原くん?なんで村松がはしゃいでる姿を見なければならないの?それを見てどう反応するのが正解なのか。
おかしな話である。実際にライブに行った内田や樋口は、別に村松や横寺の姿など見ていない。参加者はショーしか見ていない。ショーが目的だからだ。歌手なりタレントなり楽団なりが目的だからである。誰も隣の客の姿なんか見ていないし、まして遠く離れた客の姿になど興味がない。
視聴者がライブに参加しているような感覚にさせるためという理由だとすれば、片腹痛い。ただ実際Twitterを見ていると、客席を映す演出について、「臨場感」だの「一体感」だのといった言葉で評価する意見をちらほら見かける。理解できない。必要なのはショーの中身そのものであり、臨場感ではない。
そもそも臨場感とは何なのか?先述した通り、ライブ参加者は他の客の姿など見ていない。前の客の頭が見えるくらいだ。実際の参加者すら見ていないものを見せられて生じる臨場感というものは何なのだ。一体感もそうだ。他の客の顔をチラチラ見て得られるものだとは思わない。臨場感だの一体感だの、そんなものは歓声だけで十分だ。顔など見たくない。興醒めする。どんな理屈をこねようが、「実際の参加者は他の参加者を見ていないし、見ていたら不審者」という事実が全てを物語っている。ゲームセンターCXは繰り返し見ているが、当然ながらこの幕張メッセの映像も二度は見ない。でも大好き。