お絵描きセットを使い切る054


ときめきメモリアル2(寿美幸
髪の毛が多い
毎年毎年「流行語大賞」をメディアが取り上げてうんざりする。まるで絶対的な決定事項のように持て囃すが、自由国民社というあまり聞かない会社が勝手にやっている事だ。「毎年流行してないと文句を垂れる奴、恥ずかしいからやめなさい」という気持ちの悪い記事をネットで見かけ、我慢しながら読み進めると、何のことはない、現代用語の基礎知識に文を書いて金を貰っている身内だった。身内が口汚く援護する程度に毎年批判されているわけである。

それにしても、物書きであろう人間が「奴」とか「ネトウヨ」とかいう、ネット民そのものの口汚い言葉を使うのには辟易だ。品性が下劣というだけで信用に値しない。選考委員であるやくみつるにしても、大賞への批判に対して口汚く反論している。理解してもらおうという気持ちなどさらさらないのである。「ニュースぐらい見ろ」「勝手に騒ぐ分には結構だがこっちに持って来るな」などと、実に口汚い。反論にすらなっていない。ただの罵倒でしかない。世相を反映した言葉を決めようという者達が、聞く耳を持たない。批判に対しては反論ではなく攻撃をする。なんで、そんな連中の決定をありがたがるのか?

決定までのプロセスを引用する。「『現代用語の基礎知識』収録の用語をベースに、自由国民社および大賞事務局がノミネート語を選出。選考委員会によってトップテン、年間大賞語が選ばれる。」このように、世間と何の関係もないところで決まっている。決めているのは「自由国民社および大賞事務局と選考委員会」でしかない。選考委員会は7名で毎年変化がない。流行っている流行っていないの話ではない。むしろ「流行ってねーよ」と評価するのは、運営サイドの思う壺だ。結局現代用語の基礎知識並びにユーキャンの宣伝行為なのだから、話題にするだけでも敗北である。つまり私は既に敗北している。敗北ついでに宣伝しておこう。現代用語の基礎知識みんな買ってね。心にもない事を言うのはさておき、敗北してでもうんざりだと訴えたかった。流行語大賞とは、知らない会社にお金を貰っている、選考委員のおじさんとおばさんが決めているだけの催しである。

自由国民社は今後も勝手にやればいい。やるのは自由だ。マスコミが取り上げないで欲しい。そんな事を訴えても無駄なのはわかっている。この催しが嫌いな人がとれる唯一の対応策は、触れない事だ。話題にしてはいけない。批判してはいけない。ただじっと耐え忍ぶしかない。私も今年を最後に取り上げない。事にする、と、思う。