「PS2版DQ5には『魔界の塔』というダンジョンが追加される予定だった」という情報をネット上で時折見かけることがある。ネット上と言ってもほとんど2ちゃんねるだけだが、2ちゃんねるにおいてはまるで絶対的事実であるかのように語られている場合が多い。根も葉もない都市伝説というものはあり得ない。必ず何かのきっかけが存在するはずだ。
この手のデマ(仮)は、「ゲームのボツネタ」「裏ネタを書き込め!」といった話題のスレッドで、ソースも提示せずに名無しが書き込み、それでますます広がるという悪循環を生んでいる。「魔界の塔」が事実かどうか、デマならそれが広まった経緯を検証する。
ソースを探す
ネット上の「魔界の塔」に関する書き込みを調査する。最近書かれたものから、過去に遡っていく。噂というものはおかしな話だが、時間が経てば経つほど確信に、つまり「らしい」から「だ」に変わる。PS2版のDQ5が発売したのは2004年3月25日である。
各記述は要約。括弧も足している。
2015年11月27日(2ch)
- 魔界の塔(仮)
- 魔界の塔とかあるなら欲しい、不思議のダンジョンみたいなの
正式名称ではないという認識の名無しがいる。「不思議のダンジョンみたいなの」は名無しの願望であって、噂というわけではないのだろう。ダンジョンの中身にまで踏み込んだ発言はほとんどないからだ。
2015年6月9日(wiki)
- 暗黒世界のすごろく場は、元々は新たなダンジョン(魔界の塔)になる予定だった「らしい」。納期の関係で実現しなかった「らしい」
「らしい」の連呼で、情報源は一切わからないらしい。
2013年1月18日(2ch)
- 魔界の塔が納期の都合で消されたまんま
根強い納期説。ならばこちらは、名無しの適当な「納期が足りなくって没ったとかじゃね〜の?」という書き込みの「とかじゃねーの」が「とかだよきっと」「らしいよ」「なんだよ」「なんだ」に変わっていっただけ説を出してターンエンドだ。
2012年12月18日(個人ブログ)
- PS2版では魔界の塔というダンジョンが追加される予定だったのだが、容量の関係でボツになった。
「納期」が「容量」に変わっている。伝言ゲームの様相。
2008年5月(質問サイト)
こちらは納期説。
2007年9月(その他交流サイト)
- リメイクの不満点として「魔界の塔が没になった事」が挙げられている。
完全に既成事実化している。そもそもそんなものなかったという可能性は……?
2007年9月(2ch)
- プチタークは「裏裏ダンジョン」前提のキャラだったのだろうが、「裏裏ダンジョンがカットされてしまった」
- 「裏裏ダンジョンとは魔界の事か?」と別の名無しが確認
- 「魔界の塔とは何だ?」と更に別の名無しが質問
- その後の流れで「本来あったかもしれない幻のダンジョン」「FF(FFDCかFF12と『言われてる(だれが?)』の制作費を確保するため」
- 「無理矢理年度末に発売させられたから製作が間に合わず」、魔界の塔も削除
やたら具体的な情報が出てきているが、これは3年後の話である。噂が熟成するには十分な期間だと言える。「なんだろう」という推測から始まりながら、最後は体言止めの断定口調になっている。これは本人は推測のつもりで書いているのだろうが、事実だと受け取る者が出てきても不思議ではない。
「言われてる」という言葉にはいつも首を傾げる。「誰」が言ったのだろう?
2007年8月18日(2ch)
- 納期の都合でカットされた魔界の塔を優先すべき
やはり納期論が強い。納期が一人歩きしている。納期言いたいだけちゃうんか説浮上。墜落。そして相変わらず「魔界の塔」がまるで正式名称。
2004年4月3日(2ch)
- 追加隠しダンジョンを臭わせた「魔界の塔」時間が足りなくなった結果「スゴロク」に変更
- 決算のために塔削って、決算のために、不充分な出来のまま3月に出した。
発売時期に近くなると、後年事実であるかのように語られていた「魔界の塔」が「臭わせた」にトーンダウン。スレッドの関連サイトには「3/5に公開された」魔界のフィールド画面の画像が掲載されている。塔らしきものが映っている。『新ダンジョンと思われるもの』という表記から、公式には「更なるダンジョンがある」というような発表はなかったようだ。
「思われる」「臭わせる」……ここに真実があるのではないだろうか。わざわざサイトを立ち上げてメーカーを追及するのだから、スタッフが「新たな追加ダンジョンもあります!お楽しみに!」と発言していたならば、当然それも追及の材料として挙げるはずだ。それがないということは、一枚の画像から「魔界の塔という追加ダンジョンがあったのに納期の関係ですごろく場に差し替えられたのだ」というストーリーが生まれたことになる。
発売後間もなく噂が作られていく段階だから、「魔界の塔が追加される予定だったのに没になった」という事は噂であって、まだ事実には変化していない。そのため「スゴロク場に塔では大袈裟だから普通の建物にしただけでは」という推測も書き込まれている。この時点では「魔界の塔という追加ダンジョンがあるはずだった」というのは全会一致の見解ではない。
結論
「魔界の塔」に関する公式発表は、Gpara.com*1の「『ドラゴンクエストV』最新スクリーンショット集(03/05公開版その1) 」(http://www.gpara.com/comingsoon/dqv/20040305/ss06.htm)で公開された一枚の画像のみ。ページ下部には「※画面は開発中のものです」と書かれている。
開発者の発言や雑誌記事などで「追加ダンジョンがある」「魔界に謎の塔が!?」といった文字による発表はなく*2、「魔界の塔」というのもネットユーザーが作った通称である。中身に関する情報は一切ない。
つまり事実は
- 開発中のものとして公開された画像の中に、「塔が映った魔界のフィールド画面」があった。
- 実際のゲームでは、塔が別の建物に変更されている。
- 建物に入ってビアンカと会話すると、「不気味な塔ね」と発言する。
建物に入った時の他の人物のセリフは、
- ビアンカ(中)「中はけっこう広いのね。」
- レックス(外)「へんな木がはえているよ。」
- レックス(中)「うわ〜 きったない所だね。」
- サンチョ(外)「気味の悪い建物ですね。」
- サンチョ(中)「ここではなにが起こってもふしぎではありませんよ!」
- ピピン(外)「入っただけで呪われそうな建物ですよ。」
- ピピン(中)「建物の中だというのになんだか寒いですね。」
- タバサ(中)「かみの毛にクモの巣がくっついちゃった!」
- フローラ(外)「いかにも魔界という感じのぶきみさがありますわね。やだ…寒気がしてきました……。」
- フローラ(中)「魔界の建物なんですから安心はできませんわ。あなたもいちおう気をつけて……。」
となっている。ジャハンナと違い純粋な魔物の住処で、それぞれ「汚い」「不気味」「寒い」「危険」といった感想を述べている。ビアンカのセリフはこの内の「不気味」に属するもので、「建物」に修正すれば他の人物のセリフと特別違う点はない。壁もまだらに汚れている。ビアンカのセリフだけが異質だとか不自然だとかいう印象は受けない。痕跡というのは、「すごろく場の外観が以前は塔だった」という痕跡であって、確かにそれは公開されたゲーム画面からも明らかだ。「その塔の中身がダンジョンだった」というのは「推測」である。「願望」と言い換えても良いかも知れない。このすごろく場はミルドラースが元人間である事を知る者がいるとか、かつて牢獄だったとかいう要素があり、すごろく場に似つかわしくないのは確かだ。だから「本来はダンジョンだったのではないか」という理屈には筋が通っている。しかしやはりそれは推測であり願望であり考察だ。事実のように語るのは違和感がある。
中身に関する情報が皆無だから、「すごろく場の外観を塔から別の建物に変えただけ」という方がしっくり来る(これも推測)。何しろ画像の発表が発売20日前だ。いくらなんでもそんな頃には既にゲームは出来上がっていたはずだし、塔は別の建物に置き換えられていただろう。「ゲーム画面を撮影した段階では外観が塔だった」という事実以外に確実な事は何もない。
「納期に間に合わない」「容量の都合」「決算に間に合わせるため」といった情報は、2ちゃんねるの「推測を断定口調で書き込む文化」による尾ひれと断定できる。推定であって事実ではない。正確に言うならば、事実かどうかはわからない。関係者が匿名で事実を書き込んでいる可能性はある。しかしそれは0%ではないというだけで、「信じるか信じないかはあなた次第です」という事になる。まさに都市伝説だ。
何故ガセネタが広まるか
「期待していた追加ダンジョンがない」という不満が多く書き込まれている中で、「すごろく場の外観が開発中は塔だった」という事実は格好の批判材料になったと思われる。この事実について「決算(納期)に間に合わせるためやっつけ仕事でダンジョンをカットしたんだ」という意見は尤もらしくて「受ける」のに対し、「元々すごろく場で、見た目が変わっただけじゃないの?」という意見はつまらないから「受けない」。
「ビアンカのセリフを見ろ!塔の頃の痕跡が残ってんだろ!」という意見は積極的で勢いがあるのに対し、「それだけじゃダンジョンだった証拠にはならないよ」という意見は消極的で勢いがない。だから受けない。血液型性格診断で場が盛り上がっている時に「根拠が薄いでしょ」と言うようなものだ。人の集まる場においては、話の真偽や正否よりも、勢いと面白さが重視される傾向にあるのではないだろうか。